東京地方裁判所 昭和29年(モ)10763号 判決 1955年7月08日
債権者 鏡山忠男 外八名
債務者 横井英樹 外一〇名
主文
当裁判所が、債権者、債務者間の昭和二十九年(ヨ)第二、八四五号職務執行停止仮処分事件について、昭和二十九年四月六日にした仮処分決定を認可する。
訴訟費用は債務者等の負担とする。
事実
債権者等代理人は主文第一項同旨の判決を求め、その申請の理由としてつぎのとおり述べた。
「一、申請外株式会社白木屋(以下単に白木屋という。)は百貨店業その他の事業を営むことを目的とする発行済株式の総数四百万株の株式会社で、債務者等いずれもその株主である。
二、白木屋は、その取締役会の決議により、昭和二十九年三月三十一日午前十時半より東京都中央区日本橋浜町一丁目二番地中央クラブにおいて、第七十期定時株主総会を開催し、「取締役並に監査役全員任期満了につき取締役九名監査役二名選挙の件」その他二議案を附議することに決し、その旨同十六日当時の代表取締役たる債権者鏡山が各株主に招集通知を発した。而して右総会は三月三十一日定刻中央クラブにおいて、債権者鏡山が定款の規定により議長となり、委任状共約二百九十二万株の株主出席の下に開会された。しかるに、当日総会に提出された委任状の数、および、その有効無効の問題をめぐつて株主間に激しい紛争が起り、そのまま議事に入れそうになかつたので、議長は全出席株主同意の下に委任状点検のための委員を選任してその調査を託することにしたが、右調査は早急には完了しないことが明白であつたので、議長はさらに全出席株主の賛成決議の下に右総会を翌々四月二日に延期し同日午前十時より東京都千代田区丸の内三丁目十四番地東京会館において開くこととし、当日はそのまゝ散会した。そこで白木屋は早速東京会館に赴いて借室契約を結び総会開催のための準備をしておいたのに、翌四月一日朝に至つて同会館は突如右会場の使用を拒絶し解約の申入れをして来たので白木屋はやむを得ずこれを承諾し、急遽これに代るべき他の場所を探した結果前記中央クラブ三階を借用することができたので、総会会場を右中央クラブに変更してそこで午前十時半より開催することとし、四月二日の主なる朝刊紙、すなわち、朝日、毎日、読売、日本経済の各紙に右会場ならびに開催時刻変更の旨を公告するとともに、同日早朝より東京会館玄関に、右変更の旨を掲示し、且つ同会館玄関前にバス三台を配置し、係員を派して、会場変更のことを知らないで来る株主等を中央クラブに運ぶ手配をするなど、突然の会場変更によつて株主の議決権を奪う結果になるおそれのないよう万全の措置を講じた。而して、当日午前十時三十分右中央クラブ三階において債権者鏡山議長となり、株主総会の延会が開催され、二百九万三千六百六十五株を有する株主出席し定足数に達したので議事に入り、前記三議案を審議した結果、債権者中岡本望月の二名は監査役にその余の債権者および申請外江川忠一、同鈴木政一は各取締役に選任された。
三、しかるに債務者横井等は、同日午前十時東京会館において委任状共二百九十八名この株式数二百十一万四百十六株の株主出席し、申請外中沢丑之助議長の下に、白木屋の第七十期定時株主総会を開催し、前記議案を附議し、債務者中中西、両角両名を各監査役に、その他の債務者を各取締役に選任したとして、即日東京法務局日本橋出張所に取締役ならびに監査役の変更登記申請をなし、右登記は直ちに完了したため、債権者等は前記中央クラブにおける株主総会の結果についてその登記を求め得ない状態に立ち至つた。
四、しかしながら右東京会館における白木屋第七十期定時株主総会の決議なるものは、つぎのような理由により法律上不存在である。
前記の如く、四月二日の株主総会の延会会場に予定されていた東京会館は、同会館の都合によりその使用を拒絶されたため、白木屋はやむを得ず会場を中央クラブに変更した。しかし、その変更をするについては、株主の議決権を害するが如きことのないよう前記のとおりの万全の手配をし周到な処置をとつたものであるから右変更はもとより適法である。しかるに、債務者横井等は四月一日すでに白木屋の株主総会は東京会館の都合により中央クラブに変更されたということを知つていながら、抜けがけの登記をすることを計画し、あらかじめ議事録その他を作成しておいて取締役または監査役としてその選任を予定していた人々の出来合いの印判をあらかじめまとめて買い求めてこれに捺印し、司法書士に登記申請をなすことを依頼しておき、たゞ形をととのえるため東京会館に一派同類の者十二、三名が集合したにすぎない。しかも東京会館は当日白木屋の株主総会々場として同会館を使用することを断つたのであるから、同日同会館で白木屋の株主総会を開催し得る筈がなく、またたとえ株主が会場変更のことを知らないで同会館に集合したとしても、同会館のどの部屋で株主総会が開かれるのか一般株主には知り得ない状態であつた。しかるに、債務者横井等は、あらかじめ山下汽船の山下の名で同会館の一室を借用しておき、その入口に一般慣例にしたがい山下汽船様御席と掲示してあつた室に一派の者十二、三名が集合して会合を開き、その会合に、形式的に白木屋の定時株主総会なる名を冠したにすぎない。かくの如き状態で開催された債務者横井等のいわゆる白木屋第七十期定時株主総会なるものは、株主総会たる外形さえないたゞの人間の集りというしかないのである。
仮りに、右東京会館における会合が白木屋の株主総会たるの外形を具備しているとしても、前記のように会場を東京会館より中央クラブに移し、そこで総会を開催し決議をするについて、株主の議決権を害することのないよう前記のような万全の措置がとれた以上、その会場の変更はもとより適法であるから、右中央クラブにおける株主総会ならびにその決議は有効に存在するものと認められるが、株主総会決議は会社の最高の意思を決定するものであるが故に、同一の議案について二個の決議が存立し得る道理はないから、他に仮りに総会があり、決議があるとの主張があり、またそれらしい事実があつても、その総会は適法な株主総会でない非総会であり、またその決議は法律上存在を認められない非決議ないし当然無効の決議である筈であり、したがつて右東京会館における決議は法律上存在しないものといわねばならない。
五、そこで債権者等は、株主として、白木屋を相手方として前記債務者等のしたと称する株主総会決議の不存在または無効確認の訴を起そうとしているものであるが、これが本案判決確定まで放置するにおいては、白木屋に回復すべからざる損害を生ずるおそれがあるので、債務者等を相手方として、職務執行停止仮処分の申請をしたところ、昭和二十九年(ヨ)第二、八四五号として同年四月六日、本案判決確定に至るまで各債務者等の白木屋の取締役ならびに監査役としての職務の執行を停止し、その職務代行者として、有馬忠三郎、柄島俊輝、松村善三、若林清をそれぞれ選任する旨の仮処分決定がなされた。この決定は至当なものであるからその認可を求める。」
債務者等代理人は、「東京地方裁判所が、昭和二十九年(ヨ)第二八四五号職務執行停止仮処分事件について、昭和二十九年四月六日にした仮処分決定を取り消す。債権者等の本件仮処分申請を却下する。」との判決を求め、
答弁として、つぎのとおり述べた。
「一、債権者等主張の事実中、白木屋がその主張の如き株式会社であること、債権者等がそれぞれ白木屋の株主であること、昭和二十九年三月三十一日午前十時半より債権者等主張の場所において白木屋の第七十期定時株主総会が開催され、その主張の如き議案が附議されることとなつたが、債権者等主張の如き経過で、四月二日午前十時に東京会館で延会を開く旨の決議がなされたこと、四月二日の朝刊紙に会場変更の旨の公告がなされたこと、債務者等が四月二日午前十時東京会館において白木屋の第七十期定時株主総会を開催し、債権者等主張の如き取締役、監査役を選任し、即日登記をしたことは認める。その他の事実はいずれも知らない。
二、そもそも現行商法のもとにおいては、株式会社の取締役、監査役等の職務執行停止、代行者選任の仮処分は、株主総会決議取消または決議無効確認の訴の如くその判決の効力が第三者にも及ぶところの本案の訴を前提としてのみ許されるのであるが、債権者等は今日に至るまで右決議取消の訴ないし決議無効確認の訴を提起してはいない。しかも、右取消の訴の提起期間は、決議の日たる昭和二十九年四月二日から三ケ月たる同年七月二日を以て満了し、したがつて今後も債権者等は右決議取消の訴を提起し得ないのである。また、決議無効確認の訴は、その決議の内容自体が法令または定款に違反することを理由とする場合に限り許されるものであるにかゝわらず、債権者等の本件仮処分申請の理由として主張するところは何等決議の内容の法令、定款違反ではなく、単に決議自体が存しないというに止まるのであるが、右総会決議不存在確認の訴は通常の確認の訴にすぎず、その判決の効力は当事者以外の第三者に及ぶものではないから、前記の如く対世的効力のない右確認訴訟を本案としては、職務執行停止代行者選任の如き対世的効力を有する仮処分はなし得べきものではなく、したがつて債権者等の本件仮処分の申請は結局その理由なきに帰するのである。
三、仮りに、取締役、監査役等の職務執行停止代行者選任の仮処分が株主総会決議不存在確認訴訟を本案とする場合にも許されるとしても、債権者等主張の昭和二十九年四月二日の東京会館における白木屋の第七十期定時総会の決議は有効であるから本件仮処分決定は取り消さるべきものである。
三月三十一日の中央クラブにおける白木屋の定時株主総会は債権者等主張の如き経過で四月二日午前十時より東京会館においてその延会を開催することに決議され、当日債務者横井等その他の株主は右決議に基いて延会の会場である東京会館に赴いたところ、いかなる理由か、社長たる債権者鏡山の外白木屋の取締役等はいずれも定刻に至るも右会場に姿を見せなかつたが、その出席株主数は委任状による者をも含めて二百九十八名に達し、その株式数は発行済株式総数四百万株に対し二百十一万四百十六株に達したので、全出席株主の同意により株主中沢丑之助議長となり、債権者等主張の三議案を附議した結果、債務者等がそれぞれ取締役ならびに監査役として選任されたものであつて、右株主総会の決議は厳として存在し、且つ何等瑕疵なき有効な決議である。」
<立証省略>
理由
一、申請外株式会社白木屋(以下単に白木屋という)が債権者等の主張の如き株式会社であり、債権者等がいずれも白木屋の株主であること、昭和二十九年三月三十一日中央クラブにおいて、債権者等主張の如き議案を審議するため白木屋の定時株主総会が開催されたが、債権者等主張の如き経過でその延会を四月二日午前十時東京会館で開催することが決議され、当日はそのまゝ散会したことについては当事者間争がない。
二、証人阿部三治、同滝沢健至の証言によつて真正に成立したものと認める甲第五号証、証人阿部三治、同滝沢健至、同中沢丑之助、同有坂敏夫の各証言、ならびに債務者横井英樹、同鈴木一弘各本人訊問の結果(債務者横井英樹本人訊問の結果については後記措信しない部分を除く。)を綜合するとつぎのような事実が一応疎明される。
すなわち、三月三十一日中央クラブでの株主総会の散会後白木屋は、東京会館に赴いて総会決議により四月二日午前十時に予定された延会会場として同会館の二階の数室を借り受け当日白木屋よりは係員がでむいて座席の配置等の準備をしておいたが、翌四月一日午前十一時頃に至つて突然東京会館は、白木屋に対し、四月二日の総会のため既に契約ずみの右の室の使用を拒絶し解約の申入れをして来たので、白木屋は止むを得ずこれを承諾し、新たにこれに代るべき他の場所を探した結果、同日中に前記中央クラブ三階を借用することができたので、延会会場を東京会館より右中央クラブに変更して同じく四月二日の午前十時半よりこれを開催することとし、各株主に右変更の旨を知らせるため、四月二日の朝刊紙数紙にその旨公告すると共に、同日早朝より東京会館玄関に右の旨を掲示し、且つ玄関前にバス数台を配置し、係員を派して、東京会館に来る株主等を中央クラブに運ぶように手配をした。しかし、東京会館の出入口は右正面玄関の外に電車通りに面した側面にもあり、その出入口には前記のような掲示もされていずまた白木屋の係員等も配置されてはいなかつた。がとにかく当日正面玄関前に用意されてあつたバスで東京会館から中央クラブへ運ばれた株主はおよそ七、八十名はあつた。
そういう次第で当日は東京会館には他に白木屋名義で借用を申し込みその承諾を得てあつた室はなく、したがつて、もちろん、たとえ、同会館で白木屋株主総会を開催しても、それに参加する目的で同会館に参集する株主には、一体どの部屋で白木屋の株主総会が開催されるのか全然知り得ない状態にあつた。そしてまた当日は白木屋の取締役、監査役等は誰一人右東京会館には参集しなかつた。
ところで四月二日午前十時少し前、東京会館に、山下汽船の山下名義で借室の申込があり、同会館はこれを承諾して、二階の、人員三、四十名程度を収容し得る、二百二号室をもつてこれにあてることとし、部屋の配置をととのえ、その入口の前に山下汽船様御席なる掲示をしておいた。ところが午前十時頃に至つて債務者横井、同鈴木等十数名の白木屋株主は山下汽船様御席なる掲示のある右二百二号室に集合し、そこで債務者等主張のように申請外中沢丑之助が議長となつて白木屋第七十期定時株主総会の延会なるものを開催して、債権者等主張のような議案を審議し、その主張のような決議をしたのである。
右のような事実が疎明される。
債務者横井英樹本人訊問の結果中右認定に反する部分は措信せず、他に右認定を覆すに足る疎明はない。
三、右事実によれば、株主総会延会会場を右東京会館より中央クラブに移すことが適法であるかどうかは別として、四月二日には東京会館で白木屋株主総会を開催することは事実上不可能であり、たとえ白木屋株主等が右会場変更の旨の新聞公告あるいは掲示等を見る機会なしに同会館に参集したとしても、どの部屋で総会が開催されるのかも知り得ない状態にあり、しかもまた株主総会を主宰すべき白木屋の取締役等は誰一人として同会館に参集せず、同会館に来た株主の中少くも七、八十名のものはバスで中央クラブに運ばれ、実際に同会館に参集した株主は債務者横井、鈴木等僅か十数名にすぎず、それも白木屋株主総会会場として準備されていず、山下汽船の会合のために準備されてあつた室に集合したというような状態の下においては、たとえそれらのものの間で会議を開き、それに白木屋第七十期定時株主総会なる名を冠してもそれは単なる株主の集合にすぎず、いかなる意味においても株主総会たるの実質を具えておらず、到底白木屋の株主総会と認めることはできない。したがつて、そこで成立したと称する決議も株主総会決議としては存在しないものといわざるを得ない。
四、債務者等は、株式会社の取締役、監査役等の職務執行停止代行者選任の仮処分は、株主総会決議取消または決議無効確認の訴の如く、その判決の効力が第三者にも及ぶところの本案の訴を前提としてのみ許され、判決の効力が当事者間にのみ限られ第三者には及ばない決議不存在確認訴訟を本案としては許されないと主張する。しかしながら、株主総会決議不存在確認の訴の性質は、債務者等の主張するとおり通常の確認の訴であるが、株主、取締役または監査役等会社機関あるいは機関の構成員より会社を被告として提起された総会決議不存在確認の訴を認容する確定判決は商法第二百五十二条、第百九条第一項を類推し、第三者に対してもその効力を有するものと解するを相当とする。蓋し、そうでなければ、たとえば右訴訟で勝訴した一人あるいは数人の原告たる取締役、監査役あるいは株主等に対しては、その確認の対象となつた株主総会の決議、例えば取締役または監査役を選任または解任する決議、定款変更の決議、提出貸借対照表、利益配当に関する議案を承認する旨の決議等々は会社に対する関係で存在せずそれ以外の取締役または株主等と会社との間では有効な決議として存在するものとして取り扱われることになるとすれば、元来取締役監査役および株主等に対しては一体として取り扱われるべき総会決議が、訴訟に関与したかどうかでその取扱を異にすることとなる結果無用の混乱を惹起し、且つは株主平等の原則にも反する結果となり、株主間に非常なる不公平を惹起するに至るであろうからである。この点においては、株主総会決議不存在確認の訴を認容する判決は総会決議無効確認の訴を認容する判決とその軌を一にし、何等これと区別すべき理由はないのである。而して、総会ならびにその決議の存在することを前提とする決議取消の訴(商法第二百四十七条)および、決議そのものは法律上存在しないが、総会は存在することを前提とする決議無効確認の訴(同法第二百五十二条)とその類型を異にし、総会そのものの存在しないことを前提とし、これが不存在なることの確認を求める総会決議不存在確認の訴が現在の法律状態の確認を求める訴として許されることは、また多言を要しないところである。
以上説明のとおり、白木屋を被告として提起する債権者等の株主総会決議不存在確認の訴を認容する確定判決は、第三者にもその効力を及ぼすものであるから、右訴を本案として右総会で白木屋の取締役、監査役に選任された、あるいは選任されたと称する債務者等の右取締役、監査役としての職務の執行を停止しその代行者を選任する如き仮処分はこれをなし得るものといわねばならない。債務者等の主張は理由がない。
五、以上のとおり、昭和二十九年四月二日東京会館において開催されたと称する白木屋株主総会ならびにその決議は存在しないものであることが疏明される。
そしてまた右総会決議で選任されたと称する債務者等が白木屋の取締役または監査役たるの地位にないことが疏明される以上、右総会決議不存在を争う本案判決の確定に至るまでは、債務者等に取締役または監査役としての職務を執行せしめることは、白木屋に不測の損害を生ぜしめる虞のあることは明白である。
よつて、当裁判所がさきになした本件仮処分決定は相当であるからこれを認可することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 入江一郎 唐松寛 高林克己)